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2007年09月09日 【ふるさと文化財

幾多の興亡の歴史を秘めた山城

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長野県史跡◆鈴岡城跡◆
飯田市駄科1729


鈴岡城は飯田市駄科の西北、伊賀良台地の先端に築かれ、標高約490メートルの急峻な段丘崖を利用した平山城。毛賀沢川の北、深さ約60メートルの谷を隔てて松尾城址と相対し、天竜川の向こう神之峰城址をはるかに望む。南北朝時代(1336~1392)に信濃の守護小笠原貞宗の二男宗政により築城されたといわれ、後に宗康を祖とする鈴岡小笠原氏が居城した。築城以来、松尾・鈴岡・深志の小笠原三家の間においてたびたび攻防が繰り返されたが、天文23年(1554)武田晴信(信玄)の伊那進攻により松尾城の支城となり、天正18年(1590)廃城となったとされる。現在、本郭・二郭・出郭と二つの外郭の五つの大きな郭が確認でき、中世の山城の特徴をよくとどめている。各郭は堀により区画されており、二郭は特に大きな横堀と土塁により守られている。花の季節には、本郭・出郭の周辺につつじが美しく咲き揃い、5月3日には鈴岡城址公園つつじ祭りが開催され、飯田市の初夏の風物詩となっている。

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