2008年02月26日 【お知らせ】
役員改選のお知らせ
第28期定時株主総会並びに取締役会において一部役員の改選を行いました。
代表取締役社長 小松 盛喜
取締役(管理・営業本部長) 林 勇
取締役 恒川 昌久
監査役 白沢 栄一(新任)
信濃毎日新聞などの販売から折込広告、書籍の取次ぎ、損保・自賠責保険代理まで、信毎販売株式会社です。
2008年02月26日 【お知らせ】
第28期定時株主総会並びに取締役会において一部役員の改選を行いました。
代表取締役社長 小松 盛喜
取締役(管理・営業本部長) 林 勇
取締役 恒川 昌久
監査役 白沢 栄一(新任)
2008年02月11日 【ふるさと文化財】

菱田春草「菊慈童」
飯田市美術博物館
「菊慈童(きくじどう)」は罪に問われ辺境の地に流された慈童という名の少年が、菊の霊力によって不老不死を得て、永く少年のままの姿をとどめたという古代中国を舞台にした伝承に画題をとっている。菱田春草25歳の作品である。菱田春草は、1874年長野県飯田(現・飯田市)に生まれた。本名は三男治(みおじ)。明治23年(1890)、東京美術学校(現・東京藝術大学)に入学。卒業後は岡倉天心の主導による日本美術院の設立に参加し、横山大観・下村観山ら気鋭の青年作家たちとともに日本画の革新をめざして画風の研究をかさね、線描を大胆に抑えた没線主彩描法の絵画を次々に発表する。代表作がこの「菊慈童」である。しかし、その先進的な画風は画壇の守旧派から「朦朧体」と呼ばれ猛烈な批判を浴びた。大観と海外に渡った菱田は、ニューヨーク、ボストン、ロンドン、ベルリン、パリなどでも展覧会を開き、欧米で高い賞賛を受ける。帰国後は琳派的な画風へと進み、「落葉」や「黒き猫」などを手がけるが明治44年(1911)、満37歳の誕生日を目前にして病死した。 「菊慈童」は、11月11日まで飯田市美術博物館「絵画のなかの物語」において「王昭君」とともに展示されている。
2008年02月05日 【本のご案内】

発行:信濃毎日新聞社
『新更科紀行』
田中欣一著 定価 2000円(本体 1905円)
芭蕉の「更科紀行」にあやかり木曽路(中山道)―善光寺道-北国街道-碓氷峠(中山道)を歩く思索の旅。街道筋にある芭蕉の全句碑を紹介するとともに、芭蕉を通して日本の原風景を発見します。50年間歩き続けた著者の薀蓄(うんちく)に触れて下さい。